あ す な ろ ト ー ク 集 |
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29.専門家たる心 |
関東大震災で壊滅した東京の街に日本で初めて耐震耐火構造の鉄筋アパートが登場したのは 1926年である。原宿に古びたたたずまいを残していたその一つの「同潤会青山アパート」が年 明けに「表参道ヒルズ」として生まれ変わる。 震災復興へ向けて造られた財団法人が手がけたこの洋風集合住宅は高級マンションの先駆け でもあり、都心に勤めるサラリーマンや文化人が競って入居した。それを取り壊して80年後に よみがえったのは住宅と店舗など低層の複合施設で、屋上を緑化してけやき並木など周囲の自 然とのつながりに配慮している。設計にあたった安藤忠雄さんはコンクリートの打ち放しで知 られた建築家だが、阪神大震災に遭遇してから被災地を訪れてモクレンなどの木を植える運動 を奨め、都市緑化に関心を向けた。人の日常の暮らしの場である住宅の設計者がその崩壊の現 場に立ち会うことには大きな痛みと価値観の転換があったろう。マンションなどの設計を巡る 建築業界の耐震強度偽装事件で住まいに対する人々の信頼が大きく揺らいだ。専門家と呼ばれ る人々が「経済設計」の求めを疑わずに人命にかかわるうそを通す。「住まうことの本質を問 い、生きている実感を人間の身体に喚起する建築でありたい」。安藤さんはそう書いている。 |
平成17年11月20日 日本経済新聞;春秋 |
【コメント】 本質とは何か。専門家とは何に長けたことを指すのか。本質とは多くの人が共通に正しいと思う価値観で あるとするならば、専門家のみならず、私たちがいま失っている心の持ち方・互助の問題だといえよう。 このような記事を目にするたびに、自分の心の貧しさを見透かされるようで心が痛い。 |