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あ す な ろ ト ー ク 集
10.縄跳びとバイオリン
 「天才少女」といわれたバイオリニスト、千住さんが母校の幼稚舎の機関紙『仔馬』に「な
わとびとバイオリン」という一文を寄せている。「何かができるようになるきっかけは、私た
ちの廻りにたくさんころがっているのよ。何でもいいの。何か自分でやってみたいなあという
ものがあったら、それができるまで何十回でも何百回でも練習してみるの。できそうもないと
思うことができるようになる。それはとてもうれしいことなのよ」。それを教えてくれたのは
幼稚舎時代の恩師、中山理先生だった。先生は1本づつ縄を配って縄跳びの練習をさせた。
 子供たちは毎日、休み時間も放課後も練習を重ねた。二重まわしや三重まわしに跳んでいる
と縄の中央がすりへって切れる。先生はいった。「一生懸命やる人の縄は切れる。そのかわり
必ず飛べるようになる」。バイオリンの練習も同じだ。正しい方法で楽器を持ち、音を出す練
習を繰り返す。縄跳びの縄が擦り減るように、弦をおさえる左手の指が弦の形にへっ込んでく
る。どうすればバイオリンのあの難しいところが上手になるかと苦しむたびに、千住さんは縄
跳びの練習を思った。何十回も何百回も同じところを練習するうちに、いつか指が楽に動いて
きれいに曲がひけるようになる。
 千住さんは「大きな夢は、ごく小さい、つまらない身近な努力から実現する」ことを一本の
縄から学んだ。縄が切れるたびに上手になるという、恩師の教えが自分の一生を左右するもの
なったと書いている。
昭和61年2月24日 朝日新聞;天声人語
【コメント】
努力は天才に勝るというが、努力の仕方を示唆したいい話だ。自分も能力がないとか、難しいと簡単にあき
らめることがなんと多いことか。天才にはなれなくても並になることは可能かもしれぬ。あとは自分でやり
たいのか、やらされているのかをはっきりさせることだ。