索引へ戻る

あ す な ろ ト ー ク 集
4.本物の木
 表面ひどく傷んでいるようにみえるが、2-3㍉削ってみると、プーンと檜特有の香りがし
たそうだ。建ててから千三百年もたつ法隆寺の古い柱が、である。さきごろ薬師寺の西塔を復
元した高名な宮大工・西岡常一さんが、かって法隆寺の大修理を手がけたときの経験だ。
 五重塔の中心柱などビクともしておらず、今後二千年はもつだろうというからすごい。屋根
も瓦を全部降ろすと、毎日少しずつそり上がっていくそうである。大変な復元力だ。ほかの木
だと、こうはいかない。杉でせいぜい八百年、松なら四百年ぐらいで粘りがなくなり、ポキっ
と折れてしまう。その檜も「樹齢千年以上でないといけません」と西岡さん。杉などがすくす
く伸び、太り、切られ、用に供される間、檜は「まだ、まだ」とつぶやきながら、じっくり耐
え、育つ。一人前の木材になって、モノの役に立つのは遅れるが、その後が永い。あわてずあ
せらずサボらず、ていねいに木目を詰め重ねた結果であろう。
 昨日の国公立大学の合格発表で、入れなかった本人も親も、無念の涙をこぼすことはない。
先は永いのだ。大人への道を急いで駆けるより、若いときしかない体験を大事にしたい。近頃
の日本には、堂塔の構造材として使えるほどの檜の大木がなくなった。早く、早くと皆がせか
せるせいである。
昭和56年3月21日 毎日新聞;余録
【コメント】
昨今、このような大器晩成的な考えが普通に言えたり、理解される状況が少なくなったような気がしてなら
ない。でも人間国宝と称される方々は促成栽培でなってはおらず、ある意味では匠の技といわれるこのよう
な日本の伝統技術が日本文化の原点ではなかろうかと思う。